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黒い、考察。

 
 それは顔料と油が酸化し固り、物質として現前している。
この物質は、ある姿を消したものの代わりとなって現れているのだが、ある姿を消したもの、
それは銅という金属である。
ここでいう消すとは、私により、目の前から私の思考分の銅を取り除くという事なのだが、
こちらとしては銅に思考を刻み込んでいるつもりが、消滅させられているという事実も相まってか、
金属特有の冷たさで見事に突き放され、その思考は銅についた傷でしかなく、ただの空洞だ。
それではあんまりだと言うことで、空洞になった思考を可視化させるべく、もう一度空洞を埋めていく作業が
必要となる。
重要なのは、埋めるべき空洞は無くなった分の金属と同等の強さが必要になり、無くなった分の金属は、刻み込まれた思考であるという事だ。
そこで、私の思考と金属の強さを可視化できるものに選んだのは、黒という色である。
 物の色というのは、それが反射する光の波の波長に関係して認識できるものだが、黒というものは、殆どの光の波長を反射せず光を吸収してしまう。人間の可視領域に於いて、感得されないその状態が “黒として見える” と言う事なのだ。そして、光というエネルギーを吸収すると熱を生む強い色である。
ただ、人間に感得されない状態が黒として見えるというのならば、黒色は見えているようで実は見えてはいない
とも言えるのではないか。しかし、黒という色の物質として現前している。どうやら黒は、見えるとはを改めて考え
させる色である。
 銅の空洞に埋められ可視化された黒、その黒色は見えているようで、実は見えていないかもしれない。
そしてまた空洞というものは、光が届かなければ黒として見えてくる。
光が届かない場所は,黒のみ感じる事ができるのだ。
私が黒を使うのは、光が届かない場所、それを感じる事ができるからである。

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